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横浜地方裁判所 平成7年(ワ)1280号 判決

原告

藤田德多

ほか一名

被告

川野寛

主文

一  被告は原告らに対し、各金一五九六万七九九二円及びこれに対する平成六年一二月一〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を被告の、その余を原告らの各負担とする。

四  この判決は、第一、第三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告らに対し、各金三六三二万三八二一円及びこれに対する平成六年一二月一〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  交通事故の発生

(1) 日時 平成六年一二月一〇日午前三時〇五分頃

(2) 場所 神奈川県海老名市社家三九一二番地先路上

(3) 態様 訴外藤田政徳(以下、政徳という)は、前記日時、場所において被告が運転する普通乗用自動車(相模三三も一一七三号、以下加害車両という)に同乗中、加害車両が信号柱に接触した事故により左頭部注創頭蓋骨々折、左第二、三助骨々折、肺臓破裂等により、同日午前四時四〇分頃死亡した。

2  相続関係

原告藤田德多は政徳の父、原告藤田勢都子は政徳の母であるが、政徳の死亡により同人の権利義務を相続により承継取得した(相続分は各二分の一)。

3  被告の責任

(1) 被告は、加害車両を運転するにあたつては、制限速度を守り安全に運転するべき注意義務があるところ、飲酒のうえ時速一〇〇キロメートルを超える高スピードで運転を継続したため事故現場のカーブを曲がり切れず、加害車両を信号柱に接触させたものであり、前記義務に違反の過失により本件事故を発生させたものであるから民法七〇九条に基づき後記損害を賠償する責任がある。

(2) 被告は、加害車両の所有者であり、同車両を運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき後記損害を賠償する責任がある。

4  損害の発生

(1) 逸失利益 六八六四万七二四二円

年収 四四六万三七〇〇円

生活費控除 三割

新ホフマン係数 二一・九七〇

(計算式)

四四六万三七〇〇×〇・七×二一・九七〇=六八六四万七二四二(円)

(2) 治療費 二七万七五四〇円

政徳は、相模台外科及び東海大学救命救急センターで治療を受け、右病院に治療費として二七万七五四〇円を支払つた。

(3) 慰謝料 二三〇〇万円

政徳は、原告らの長男であり、原告らは政徳が司法試験に合格して法曹となることを強く希望していた。

本件事故により政徳が死亡したことによる原告らの失望、落胆は非常に大きく、この精神的苦痛を慰謝するには二三〇〇万円をもつて相当とする。

(4) 葬儀費用 八〇〇万円

〈1〉 お寺関係 九〇万円

〈2〉 通夜告別式 三七四万九八七〇円

〈3〉 四九日法要 三七万九一六〇円

〈4〉 墓地購入費 三二一万二三二九円

〈1〉ないし〈4〉の合計は、八二四万一三五九円であるが、このうち、八〇〇万円を請求する。

(5) 弁護士費用 三〇〇万円

(6) 損害合計 一億〇二九二万四七八二円

(7) 損害の填補 三〇二七万七一四〇円

(8) 損害残額 七二六四万七六四二円

5  よつて、原告らは被告に対し、各三六三二万三八二一円及びこれに対する事故の日である平成六年一二月一〇日から完済まで民法所定の年五分の割合による金員の支払いを求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因第1、第2項は認める。

2  同第3項の(1)中、加害車両が時速一〇〇キロメートルを越えていたことは否認し、その余の事実は認める。

同項の(2)中、被告が加害車両の所有者であることは否認し、その余は認める。

4  同第4項の(2)、(7)は認め、その余は不知ないし争う。

三  被告の抗弁

1  政徳にも、以下に述べるように、三〇パーセントの過失があるので、損害を算定するに際し考慮されるべきである。すなわち、被告はかなり多量に飲酒し、そのことを政徳は認識していた。したがつて、被告がそのような状況では、道路状況を錯覚したり、速度を超過したり、運転操作を誤つたりして事故を起こす蓋然性が極めて大であるから、被告に対し運転を止めさせ、自分は同乗しないようにするべきであるのに、政徳はこれをしなかつたばかりか、同乗してからは一層被告の運転の危険性を認識することができ、結果発生を回避する措置をとるべきであつたのに、かえつて被告に話かけたりしてその措置をとらなかつた。これに加えて車両運行の目的が飲酒の続きをすることにあることを併せ考えると、政徳には三〇パーセントの過失がある。

2  被告の父である川野憲一は、加害車両を被保険自動車として、日動火災海上保険株式会社との間に、自動車保険契約を締結した。右保険契約にもとづき、右保険会社は原告らに対し、搭乗者傷害保険金として一三〇〇万円を支払つた。右保険金は見舞金あるいは謝罪の趣旨を含むものであり、これによつて遺族の精神的苦痛の一部を慰謝するものと考えられるから、慰謝料算定にあたつて斟酌すべきである。

四  被告の抗弁に対する認否

被告の抗弁1の好意同乗による過失があるとの主張は争う。政徳は、当初から自転車で帰宅することを予定していたものであり、政徳がどのような経緯で被告が運転する加害車両に同乗するようになつたか明らかでないが、金子から車を褒められたことから誰かを乗せたかつたことが十分考えられる。政徳は、加害車両に乗車後、すぐに寝てしまつたので、被告の無謀運転を全く知らなかつたし、被告に行き先を指示するようなこともしていない。政徳が加害車両に乗車後、寝ていたことは、衝突時の政徳の身体の状況から明らかである。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人目録の記載を引用する。

理由

一  本件事故の発生の日時、場所及び態様のうち、加害車両が時速一〇〇キロメートルを超えていたことを除き、いずれも当事者間に争いがない。

原本の存在とその成立に争いのない乙第二、第一一号証によると、被告は、飲酒していた影響から気持ちが大きくなつていたこと、深夜で交通量が少なかつたことから、事故当時、時速一〇〇キロメートル前後の速度で加害車両を運転していたこと、従前、道路を直進できたのが、事故当時、右へカーブして新道へつながるようになつたことを飲酒の影響から失念してしまい、本件事故現場のカーブの発見に気がつくのが遅れたうえ、事故現場のカーブの限界速度は時速約四六キロメートルであるところ、被告は推定速度時速約一〇〇キロメートル前後の速度で走行したため、右カーブを曲がり切れず加害車両を信号柱に接触させ、本件事故に至つたことが認められる。

他に、事故の態様につき右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  被告の責任

1  前記一で認定した本件事故の態様によると、被告は、飲酒の影響で気持ちが大きくなり、制限速度(時速四〇キロメートル)を遵守し安全に運転するべき注意義務に違反し、時速一〇〇キロ前後の速度で走行したため、事故現場のカーブを発見するのが遅れ、カーブの限界速度をはるかに超えていたため本件事故を起こしたものであるから、被告には民法七〇九条に基づき原告らの後記損害を賠償する責任がある。

2  前掲乙第一一号証、原本の存在とその成立に争いのない乙第一二号証によると、加害車両の所有名義は有限会社「川乃」になつているが、被告が加害車両を専属的に使用する目的で購入し、平素から被告が専ら使用しており、本件事故当時も使用していたことが認められる。右の事実によると、被告は、運行供用者と認められるので、自賠法三条に基づき後記損害を賠償する責任がある。

四  そこで、原告らの損害について検討する。

1  逸失利益 五七五三万八八六七円

(1)  年収 六六五万四二〇〇円

平成五年の賃金センサス男子大卒全年齢の平均年収

(2)  生活費控除割合 五〇パーセント

(3)  就労可能期間 四一年

(4)  ライプニツツ係数 一七・二九四

(計算式)

六六五万四二〇〇×一七・二九四×〇・五=五七五三万八八六七円(円未満切り捨て、以下同様)

2  治療費 二七万七五四〇円

当事者間に争いがない。

3  慰謝料 一五〇〇万円

成立に争いのない乙第一五号証によると、原告らに対し搭乗者傷害保険金一三〇〇万円が支払われたことが認められる。右保険金は見舞金あるいは謝罪の趣旨を含んでいるとみることができ、遺族の精神的苦痛の一部を慰謝したものと考え、これを慰謝料算定にあたつて斟酌すると、慰謝料としては一五〇〇万円をもつて相当と認める。

4  葬儀費用 一二〇万円

政徳の年齢、家族構成、社会的地位等を考慮すると、葬儀費用としては金一二〇万円を認めるのが相当である。

五  抗弁に対する判断

1  原本の存在とその成立に争いのない乙第一ないし一四号証によると、次の事実が認められる。

(1)  本件事故の前日の平成六年一二月九日午後七時頃から、政徳の所属する井上剣道道場の忘年会が和食店「川乃」(以下、川乃という)で開かれた。政徳は、四段に昇段したこともあつて、ビールを数本飲み、カラオケに興じたりして上機嫌であつた。同日午後一〇時頃、右忘年会(以下、一次会という)はお開きとなつた。

(2)  一次会が終つた後、前記井上剣道道場で剣道を教えていた訴外金子博光(以下、金子という)は、政徳とその後輩である訴外小林平八郎(以下、小林という)及び訴外佐藤幸太郎(以下、佐藤という)を二次会に誘い、総勢四名が二台の自転車に分乗して、同日午後一〇時三〇分頃、二次会場のスナツク「こまち」(以下、スナツクという)に到着した。同日午後一一時五〇分頃、金子から二次会に声をかけられていた被告がスナツクに徒歩でやつて来た。被告は「川乃」の従業員として一次会に出す料理の手伝いに忙しく、飲酒はもちろん、満足な食事もしておらず、多少空腹気味であつた。被告はスナツクでは、政徳らと飲食をともにしたり、カラオケに興じたりして過ごした。被告を除く四名は、一次会で飲食してきたこともあり、二次会では焼酎をレモン割りか、ウーロン割りして飲んでいたのに対し、被告は、焼酎をロツクで五ないし六杯飲んでいたため、スナツクの手伝いをしていたスナツク経営者の妻が、焼酎をロツクであんなに飲んで大丈夫かと心配するほどであつた。二次会は、参加者全員が飲酒をともにし、カラオケに興じ合い、大いに盛り上がつた。なかでも、政徳は、カラオケで歌うのが上手で、他の客からリクエストされて歌うほどであり、同席していた小林には、政徳がすつかりカラオケに乗つているように感じられた。

(3)  翌一〇日の午前一時三〇分頃、佐藤がタクシーで帰宅することになり、被告、小林も佐藤とともに、スナツクを出て被告宅の方へ向かつて歩いていくうちに、スナツクに残つている金子、政徳を誘つて被告の車でドライブしてもう一軒どこかの店で飲もうかということになり、被告は、「川乃」に戻つて加害車両に小林を乗せてスナツクに再び出掛け、同日午前一時四五分頃、スナツクに到着した。スナツクには金子と政徳がまだカラオケで歌つたり、飲酒したりして、しばらく帰りそうな気配がなかつたので、小林は時間も遅くなつたことから、被告らと他の店に飲みに出掛けるのをやめて、同日午前一時五〇分頃、一人で自転車で帰宅した。

(4)  スナツクのマスターは、被告が車でやつてきたのを知り、被告らが帰るときはタクシーを呼ぶから車をおいて行つた方がよいと忠告したが、被告も政徳もタクシーには乗らなかつた。

(5)  スナツクには、被告、政徳、金子の三人が残つたが、被告はその場で焼酎をロツクで二杯位飲んだ。被告は、金子と政徳に、「車に乗つてきた。どこか他の店へ行きませんか。帰りは送つて行きますから」等と言つて誘つたところ、金子は、「もう飲めない」と言つて断つたが、政徳は、被告の誘いに応じた。同日午前二時三〇分頃、被告、政徳、金子の三人が右の店を出た際、被告は金子に対し、乗つてきた加害車両の自慢話等をしていたが、政徳は車の話題には加わらず、自ら加害車両の助手席に乗り込んだ。その後、被告が加害車両の運転席に乗り込んだのを見た金子は、被告が政徳の家まで車で送つて行くのか、あるいは、被告の家に政徳を泊めようとするのかと考え、「気をつけて帰れよな」と声をかけて、被告と政徳を見送つた。

(6)  被告は、スナツクから事故現場までの約七キロメートルを加害車両で海老名方面に向かつて走行していたので、右現場には約四、五分後に到着したものと推認されるが、その間、車内で被告と政徳の間で、剣道の昇段のことやカラオケのこと等についての会話がなされたが、その後は会話が途切れたまま事故現場に至つた。

(7)  本件事故から約二時間後の被告の飲酒量は、呼気一リツトル中、〇・四五ミリグラムであり、酒気帯び運転として禁止されている呼気一リツトル中、〇・二五ミリグラムを超えていた。政徳の血液中のアルコール濃度は、血液一ミリリツトルにつき一・一ミリグラムで、酒気帯び運転として禁止されている〇・五ミリグラムを超えていた。

2  右認定の(1)ないし(7)の事実によると、政徳は、被告が、かなり多量に飲酒しているのを認識しており、被告が飲酒の影響で正常な運転ができないおそれがあることについても認識があつたこと、運行の目的は、被告と共に他の店で飲酒しながらカラオケで歌い続けることにあつたこと、被告が酒の勢いから時速一〇〇キロメートル近くの速度で運転しても、政徳はこれを諫めることなく同乗していたこと、以上の事実が認められる。

右の事実から認められる政徳が同乗に至つた経緯、運行目的、運行状況を総合的に判断すると、被告が運転する加害車両には、いかなる理由があるにせよ、本来、政徳は同乗するべきではないのに、被告から誘われるまま、安易に同乗したうえ、被告が時速一〇〇キロメートル近くの速度で走行しても、被告に対しそのような運転をやめるように注意することもなく同乗していたものであるから、政徳にも本件事故につき帰責事由があるというべきであり、原告の総損害額の二〇パーセントを減額するのが相当である。

そうすると、原告らの損害額は、前項の損害合計七四〇一万六四〇七円につき、二〇パーセントを減額すると、五九二一万三一二五円となる。

3  原告らは、政徳は、当初から自転車で帰宅することを予定していたから、加害車両に同乗したのは、被告から強引に誘われ断り切れずに同乗させられたかのような主張をする。甲第八号証及び原告藤田德多本人尋問の結果は右主張に符合するが、右はいずれも次の理由により採用しない。

すなわち、前記1の(4)、(5)で認定したように、車でスナツクに来た被告を心配したマスターがタクシーを呼んだが、被告も政徳もタクシーに乗らなかつた。その際、政徳は、タクシーを断つた理由として、自転車で帰宅するから不要であるというようなことを述べたことを誰一人も聞いたことがなかつた。政徳は、前記一〇日午前一時三〇分頃、佐藤がタクシーで帰宅することになり、被告、小林も佐藤とともにスナツクを出て行つた後も、スナツクに金子とともに残り、また、小林が右同日午前一時五〇分頃、自転車で帰宅したが、まだ帰宅する気配はなかつた。仮に、政徳が自転車で帰宅する意思を有していたとしても、タクシーが呼ばれた時点では、政徳にはまだ帰宅する気持ちがなかつた。同日午前二時三〇分頃、二次会がお開きとなつたが、政徳は、まだ帰宅したくない気持ちがあつたため、被告から誘われるや、どこか他の店へ行つてカラオケを楽しみたいという気持ちになり、加害車両の助手席に乗り込んだものと推認される。原告藤田德多は、政徳がスナツクを出た直後、被告から執拗に加害車両に乗るよう誘われ、金子からも被告の誘いに乗るような言動をされた結果、目上の人に敬意を払い、自己を犠牲にしても人をたてる円満な性格が災いして、被告の誘いを断り切れなかつたと供述するが、被告は、政徳とは本件事故当日が初対面であることから、もし、政徳から自転車で帰宅したいとか、車には乗りたくないとの態度を示されれば、強引に車に同乗を求めることは通常では考えられず、右供述は右原告の推測の域にとどまり、そのとおり信用することはできない。

他に、政徳の同乗が被告及び金子の強引な誘いに原因があつたことを認めるに足りる証拠はない。

さらに、原告らは、政徳は、加害車両に乗車後、すぐに寝てしまつたと主張し、甲第五ないし七号証及び原告藤田德多の供述は、右主張に符合するが、右はいずれも、事故直後に被告が政徳の家族から事情を聞かれた際に被告が答えた事実が真実であること及び政徳の受傷部位、身体の状況を前提にしている。しかしながら、被告が事故直後に政徳の家族に話したことを裏付けるに足りる証拠として、家族の供述のみでは十分とはいえず、他に、右供述を認めるに足りる証拠はない。また、事故の態様を度外視して、政徳の受傷の部位、身体の状況等から、乗車後すぐに寝ていたことが明らかであるとは、必ずしも断定することはできない。

六  損害の填補

原告らが自賠責保険から三〇二七万七一四〇円の給付を受けたことは当事者間に争いがない。これを前項の五九二一万三一二五円から控除すると、原告らの損害残額は二八九三万五九八五円となる。

七  弁護士費用

本件の認容額、事案の内容その他諸般の事情を考慮すると、弁護士費用として、原告らにつき各金一五〇万円が相当である。

八  結論

よつて、原告らの本訴請求は、被告に対し、各一五九六万七九九二円及びこれに対する事故の日である平成六年一二月一〇日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるのでこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 日野忠和)

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